東京高等裁判所 昭和51年(う)2401号 決定 1977年5月25日
本店所在地
東京都文京区千駄木一丁目一八番二号
株式会社 ユタカ商事
右代表者代表取締役
金東洙
右の者に対する法人税法違反被告事件について、昭和五一年一〇月八日東京地方裁判所が言い渡した有罪判決に対し被告人会社から控訴の申立があつたので、当裁判所は、つぎのとおり決定する。
主文
本件控訴を棄却する。
理由
職権をもつて按ずるに、本件記録によれば、被告人会社の代表取締役は松田幸子であつたが、同人は昭和五一年一〇月六日右会社の代表取締役を辞任し、同日金東洙がその代表取締役に就任し、同月七日いずれもその旨の登記手続を了したことおよび右松田幸子が同月二二日右同社の代表取締役として本件控訴の申立をなした事実を認めることができる。
そうだとすると、本件控訴の申立は、上訴権を有しない者からなされた不適法なものであることは明らかであるから、これを棄却することとし、刑訴法三八五条一項により、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 石崎四郎 裁判官 長久保武 裁判官 中野久利)
○ 控訴趣意書
法人税法違反 株式会社 ユタカ商事
右同 岡野豊三郎、金鐘夏こと 金鍾夏
右被告人両名に対する頭書被告事件について、昭和五一年一〇月八日東京地方裁判所刑事第二五部が言い渡した判決に対し、被告人両名が控訴を申し立てた理由は、左記のとおりである。
昭和五二年一月一八日
右被告人両名弁護人弁護士 垣鍔繁
東京高等裁判所第一刑事部 御中
記
第一、原審は、被告人株式会社ユタカ商事に対し「罰金五〇〇万円に処する」旨の判決を言い渡したが、右判決は以下の理由からして刑の量定著しく苛酷に失し、不当であると思料する。
一、ほ脱の動機は、主として事業規模拡大のための資金確保に出たものであつて、決して悪質とは言い難い。被告人株式会社ユタカ商事は、昭和四二年八月資本金二〇〇万円をもつて設立され、特殊浴場(以下トルコ風呂という)を経営して今日に至るが(記録九九丁、一〇〇丁の会社登記簿謄本)、当初草加の一店だけであつたところ昭和四五年六月には川崎店を、昭和四七年八月には千葉店をそれぞれ開店し、一店から三店へと規模を拡大していつたのである(松田幸子の供述、記録三四四丁、三四五丁、被告人金鍾夏の供述、同二九〇丁)。
ところで被告人会社は、右千葉店の増設を計画し、その資金を銀行からの融資に求めようと打診したが、金融機関における貸付の業種別優先基準ランクからしてトルコ風呂営業が後順位となつていること、担保に差入れる不動産が被告人金鍾夏個人の所有名義となつていたこと等から被告人会社に対しては融資が認められず、被告人金鍾夏個人に対しての貸付が認められ結局千葉店の不動産所有名義も被告人金鍾夏個人名義とせざるを得なかつたのであるが、その際裏預金の有無が金融機関からの融資の難易や信用力の評価に効用を果すものであることに気付き、事業規模の拡大を図るためにはある程度の裏預金も必要であることを痛感し、その資金確保のため勢い本件ほ脱を意図するに至つたものである(被告人金鍾夏の供述、記録四六丁、二九二丁、二九五丁、三一九丁、三二九丁、三三〇丁)。
この事実は前記のとおり僅か五年余の間に一店から三店へと規模を拡大した実績や、簿外預金が公表預金と同一の日興信用金庫動坂支店の一行のみに限られていた(売上除外額と認定した額明細、記録一〇四丁~一二二丁)ことによるも明白である。
事業経営者にとつては、その規模の大小に拘らずこれが拡大を企図することは至極当然のことであり、ただ、その手段、方法として正常な経営努力の外に脱税と言う違法手段が一枚加わつたことは許されないが、事業経営者の脱税事件の多くは事業規模の拡大を企図したものであると共に弱肉強食の厳しい経済界にあつて勝てば官軍的意識の強い現実を考え併せると自然の勢とも受け取られ、これをもつて特に動機において悪質とまでは言い難い。
二、ほ脱の手段・方法は、単純且つ幼稚なものであつて、特に巧妙悪質とは認め難い。
本件ほ脱の方法は、売上の一部を除外する方法に限られており、その除外方法もすべて売上の多かつた日における深夜十二時以降の客からの売上を除外することに限られていた。
これはトルコ風呂営業の営業時間が十二時迄と規制されているけれども営業の性質自体から言つてどうしても十二時頃以後に亘る客も避け得ないことがあるのと、一方ホステスとの関係で日計表を作成せざるを得ないし、更にその日計表には正確に時間を記入せざるを得ないことから、十二時以後に亘る客からの収入については勢いそれ以前の日計表と区分して別途日計表を作成するようになり、そのうち売上の多い日にはこの分を売上から除外するということにエスカレートして行つたのであつて、営業の時間的制約と営業の性質、実態との「からみ」がその基盤をなしているとも言えるのである。
簿外タオルの仕入については、税務当局においてタオルの仕入数を売上額推計の最有力資料として重視していることはトルコ業界周知の事実であることから、売上の一部除外分に見合うタオルの仕入を簿外として辻棲を合わせたものであつて、これをもつて特に巧妙な隠蔽手段であると見るのは当を得ない。
また、売上から除外した右十二時頃以降の客からの収入の日計表を後日破棄していたことも、元来売上の一部除外の隠蔽手段として意図したものではなく、時間外営業の発覚による営業停止等の行政処分をおそれる余りの措置に過ぎなかつたのであり、それが結果として売上の一部除外資料を隠蔽するという効用をも果すに至つたと言うのが真実である。
売上一部除外金の管理のため架空名義の簿外預金口座を利用したが、この簿外預金は被告人会社の公表預金口座と同じ日興信用金庫動坂支店の一行のみに限られ、しかもその口座数が殆んど常時一口座(但し、架空名義を時々変更したので変更後の口座の始期と変更前の口座の終期が短期間ダブつて二口座となつたことがある程度)であつた。
もし、巧妙な隠蔽手段を講ずるのであれば、公表預金取引銀行とは全く別の数ケ所の金融機関に、しかも常時数口座を設けて分散し、架空名義又は無記名による口座で隠蔽することがむしろ常識とさえ言えるのである。
被告人会社はいわゆる個人会社であり、経営者自身は経理関係の知識、経験がない全くの素人であつて、元来公私混同と丼勘定的傾向の強い体質であることを看過しないならば前記手段・方法をとらえて複雑、巧妙、悪質と言う評価の生じる余地はない。また真に巧妙悪質な手段を弄するとすれば経理上も複雑な操作によるほ脱手段を構え容易に発覚し難い方策によるとか、売上除外の方法だけをとらえても一定の比率や金額、収入区分等を設定したり、その他架空又は水増経費の計上とか二重帳簿の作成等々、いろいろな方法をとり得た筈である。
したがつて、本件手段、方法は単純且つ幼稚な範疇に属するものと言うべきである(松田久子の供述、記録二四七丁~二四九丁、二五三丁、二五七丁、二五八丁、金東洙の供述、同二六八丁、二六九丁、相島定信の供述、同二六三丁、松田幸子の供述、同三四七丁、三五三丁~三五五丁、三七九丁、三八一丁、被告人金鍾夏の供述、同三一三丁、売上除外額と認定した額明細、同一〇四丁~一二二丁)。
三、本件ほ脱税額は刑事々件となる同種ほ脱事犯としては決して過大ではなく、むしろ低額とさえ言える。
本件における売上除外率は、昭和四八年六月期において約二二%、四九年六月期において約二六%、両期平均で約二四%弱となつており、正規税額に対する申告税額の割合も約五割である(冒頭陳述書、記録二〇丁、二一丁および起訴状)。
これは世上言われるところの、いわゆる九・六・四に比し、必らずしも悪質とまでは言い難い。
ほ脱税額は両期合算で一七、七五四、〇〇〇円となるが、これは原審裁判所が昭和四九年七月から昭和五一年七月までの過去約二年間に判決言渡をしたと言う法人税法違反被告事件の別紙一覧表(検察官の論告要旨添付一覧表、記録五五丁~五八丁)の事犯と比較して見ても、本件ほ脱税額を下廻る事犯は三九件中No.32とNo.39の二件にとどまり、しかもNo.32は無申告の事犯、No.39は行為者自身の二八、六二二、九〇〇円にのぼる所得税法違反事件が併合された事犯であり、したがつて売上の一部除外事犯としては実質的には本件が最低のほ脱税額の事犯と言えるのであり、最近における検察庁の起訴基準たるほ脱税額がいくらであるかは図り知れないが、別紙一覧表の三九件に上る事犯のほ脱税額と本件ほ脱税額並びに本件における有利な情状を勘案すれば、本件が起訴基準のボーダーラインではないか、とさえ思われるのである。
四、本件ほ脱税額は重加算税も含め既に完納と同視し得る状態にある。本件ほ脱税額は、昭和五一年九月二〇日完納し重加算税、延滞税も分納中ではあるが昭和五二年一月以降の分納額については既に約束手形を振出し且つ不動産に対する抵当権をも設定していて、事実上完納と同視し得る状況にある(弁護人の上申書、記録四二八丁~四四二丁、なお、約束手形の決済状況についての証明資料を提出する予定)。
五、原審裁判所が最近言渡した同種類似事件の判決との対比において本件被告人会社に対する科刑が著しく重きに失し、量刑の均衡と公平の観念が保持し難いものと思料する。
前記別紙一覧表の三九件に上る各事犯については、ほ脱税額、ほ脱期間および備考欄記載のほ脱態様以外の情状が一切不明なので、本件と対比し得ないが、本件における前記諸情状を考えれば、おそらく一般的観点としては別紙一覧表記載事犯の情状に比し軽いとは言えても重いとは言い得ないものと推認する。
而して、ほ脱税額、ほ脱期間、ほ脱態様等から見て最も近似する事犯はNo.19・No.33およびNo.37のうちの株式会社ウエモトの三件と認められるが、その科刑はNo.19が罰金四〇〇万円、No.33が同四五〇万円、No.37が同四〇〇万円であり、したがつて、本件被告人会社に対する科刑はせいぜい金四〇〇万円が限度であり、これを上廻る本件科刑は、量刑上の均衡、公平の観念に照し重きに失し苛酷であると言わざるを得ないのである。
以上諸般の情状を併せ勘案すれば、本件被告人会社に対する原判決は不当であるから破棄の上、より寛大な判決を希求する次第である。
第二、原判決は、被告人両名につき、明らかに判決に影響を及ぼす事実の誤認がある。
一、原判決は、実際所得金額およびこれに伴う正規の法人税額とほ脱税額についても起訴状の公訴事実どおりの数額をもつて認定している。
しかし、先ず右各数額についての被告人らの自供を見れば捜査段階において「当らずとも遠からず」とか「まあまあよい線であると考える」とか「大体そんなところだろうと思う」とか、「常々考えていた数字とほぼ合う、その程度のものであることで納得できる」と言う供述であり(被告人金鍾夏の供述、記録三一二丁、三一七丁、三三二丁)、この供述を数額面での自白としてどの程度に評価すべきかは甚だ難かしい問題であるが起訴状記載の「数額どおり間違いない」との供述とは言えないので少なくとも数額的に全面自白と評価し得ないし、また、公判審理においては数額面について一切供述していないのである。
即ち、このことは実際所得金額、正規法人税額およびほ脱税額は、起訴状記載の各金額に近い金額について自白があると言えても、その全額について自白があるとは言えないのであるから、起訴状記載の右各金額と、自白があると認められる近い金額との間の差額については、たとえその差額を被告人において積極的に数額をもつて明示する、しないに拘らず自白なき場合の厳格な証拠をもつて認定せざるを得ないものであり、例えばそれが仮りに数額的に一〇〇万円と言う公訴事実の実際所得額のうち九九万円を認め一万円を認めなければ、それが一万円であつても自白がある場合における補強証拠程度のものをもつては足りず、合理的且つ妥当性ある厳格な証拠によつて認定すべきである。
ところで、原判決がその挙示する証拠をもつて公訴事実どおりの実際所得額の全額を認定し得るかどうかについては、以下例示する諸問題点からして甚だ疑わしく、この疑いが正当な評価であれば「疑わしきは被告人の利益に」の原則によるべきことを再検討願いたいのである。
二、原判決が、実際所得額の認定につき、公表売上額に加算する売上の一部除外額を、簿外預金の入積額から選別、算出しているが、この方法自体には合理性があり、直接証拠とするについてなんら異議がなく、争うものではない。
ただ、一つ一つの入積額について、その全額又は一部が果して売上除外分からの入積額であるかどうかを判定するについて、妥当を欠き、合理性を疑うものがあると思われるので問題視しているのである。
即ち、原判決が売上除外分からの入積額であると認定した個々の入積額のうちには、その金額の全部又は一部について、例えば、
1. トルコ営業における売上は、極めて季節変動の激しいものである(松田幸子の供述、記録四三丁)にも拘らずこの点を全く考慮していない。
2. ほ脱の初期においては、裏日計表を見てほぼその金額に相当する金額を簿外預金に預け入れることが多かつたが、それ以後は殆んど裏日計表の金額を見ることなく従前の経験による単なる感でもつて大雑把に現金を区分して預け入れていた(松田幸子の供述、記録四二丁、四三丁、三四八丁、三四九丁、三五五丁、三五六丁、三六五丁、三八二丁、三八三丁、被告人金鍾夏の供述、同四七丁、四八丁、三三一丁、三四〇丁)。
したがつて、個々の簿外預金の入積額のうち裏日計表の金額を見ないで入積したものは、裏日計表の金額と一致していないと言えるので、公表売上額の一部が簿外預金の入積額の中に含まれている場合もかなりある。
3. 入積額は、万円単位以上であつて万円未満を入積していない(売上除外額と認定した額明細、記録一〇四丁~一二二丁)が、裏日計表の金額の殆んどは万円未満の端数金額があるので、万円未満の端数を切上げ万円として入積した場合には、切上げられた金額は公表売上額の分となり、それが多数回に及ぶと考えられるのでその集計額は決して少額とは言えないのである。
これらの問題点があるにも拘らず原判決はこれらの点を全く考慮することなく売上除外分からの入積額を判定し、その金額を合算したのであるから、これを考慮して判定した場合における金額との差額がかなり多額となる筈である。
三、しかして、この問題となる金額について、これを数額をもつて明らかになし得ないのであれば、より確実な次善の認定方法として資産増減法による個人勘定(貸付金)調査結果(個人勘定(貸付金)調査書、記録一七八丁~二一七丁)の数額をもつてほ脱所得額とすることも己むを得ないものと思料するのである。
このことは、ほ脱金額の使途についてまで一〇〇%解明立証すべきことを要求する意味ではないし、また使途は一〇〇%解明立証する必要もないのである。
四、押収物件から売上除外率を割り出して売上除外額を推計するとか、簿外仕入タオル数から簿外仕入率を割り出して売上除外額を推計するという方法により本件における売上除外額を認定することについては、原判決挙示の証拠が本件ほ脱の全期間に比し極めて短期間のものに過ぎなく、量的に推計資料となし得る価値に乏しいばかりか質的にも種々の問題点を包蔵していて合理性を担保し得ず、結局それ自体本件売上除外額認定のための証拠とするには余りにも証拠価値に乏しいものであるし、簿外預金の入積額から認定した本件売上除外額が合理性があり妥当であるとすることの補強証拠としても薄弱であると言わざるを得ない(トルコ収入除外額調査書外、記録一〇一丁~一〇三丁、一二三丁~一四二丁、一四三丁~一七七丁、二二二丁~二二三丁)。
よつて、原判決が、実際所得金額、正規法人税額およびほ脱税額を公訴事実どおり認定したのは事実誤認であり、この誤認金額がかなり多額に上ると認められる以上右誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであると思料する。
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○ 控訴趣意書
法人税法違反 岡野豊三郎、金鐘夏こと 金鍾夏
右被告人に対する頭書被告事件につき、昭和五一年一〇月八日東京地方裁判所刑事第二五部が言い渡した判決に対し、検察官から申し立てた控訴の理由は、左記のとおりである。
昭和五一年一二月二五日
東京地方検察庁
検察官検事
東京高等裁判所第一刑事部 殿
記
原判決は、罪となるべき事実として公訴事実と同一の事実を認定しながら、検察官の懲役六月の求刑に対し「被告人金鍾夏を罰金三〇〇万円に処する。被告人金鍾夏において右罰金を完納することができないときは、金三万円を一日に換算した期間、同被告人を労役場に留置する。」旨の判決を言い渡したが、懲役刑の選択を避けて単に罰金三〇〇万円とした刑の量定は、著しく軽きに失し不当であるから、到底破棄を免れないと思料する。
以下その理由を述べる。
第一 本件事実関係についての原判決の認定は、証拠上明白であつて、誤りはない。
本件は、入浴料収入の一部を除外して日興信用金庫動坂支店の仮名預金に積立てるとともに、実際入浴客数を隠ぺいするため客用タオルの簿外仕入を行うことにより所得を秘匿していたものであつて、右所得加算科目たる収入の一部除外金額は、被告人の自供に基づき、右日興信用金庫動坂支店の仮名預金入積額から預金間流動分や不明分等を控除することによつて確定し、右所得減算科目たる簿外仕入金額は取引先に対する反面調査の結果等によつて確定したものである(詳細は「トルコ収入除外額調査書」記録一〇一丁ないし一二二丁、「消耗品費調査書」同二一八丁ないし二二一丁、被告会社代表者松田幸子の供述同三四六丁裏、三四八丁表ないし三四九丁表、三五五丁裏ないし三五六丁裏、三五七丁裏ないし三五八丁裏、三六一丁裏ないし三六三丁表、三六九丁表ないし三七一丁表、三八一丁裏ないし三八二丁裏、被告人の供述同二九五丁表、三二四丁裏、三三〇丁表ないし三三四丁表)。
右事実関係については、第一回公判以来被告人側から特段の弁解はなく、なんら反証の提出もないまま結審を迎えるに至つたものであるが、弁護人は、その弁論要旨においてはじめて実際所得金額につきその内容を争うかのごとき陳述をなした(弁論要旨、記録五九丁ないし七二丁)。やや論旨不明確な点もあるが、その主張の第一は、本件収入除外額は仮名預金入積額によつて認定されるべきではなく、被告人名義で取得した土地、建物等の入手金額等によつて認定されるべきであるというにある(同六〇丁裏ないし六四丁裏)。しかしながら、この主張は損益計算科目を財産計算科目で認定せよという主張であつて、立証方法の混交となるばかりでなく、一般にこの種事案においてほ脱金額の使途が一〇〇パーセント解明されることは、現実にはほとんどまれであることに鑑みると、右弁護人の主張は、明らかにし得た範囲の使途金額をもつてほ脱金額とみることに帰し著しく事案の実態に反する結果となる。とくに本件において明らかにし得た資産関係の内容等は、あくまで被告人の「記憶」に基づく供述の範囲内にとどまるものであつて(記録二九五丁裏、三〇三丁裏)、それが資産関係のすべてであるという確証はない。被告人は、本国の韓国で食料品店等の事業を経営し、同国への渡航が頻繁で、その目的についての供述もばく然としていることなど(同二九七丁裏ないし二九九丁裏)、資金流出を疑うに足りる情況証拠があり、また、土地の購入に際し裏契約によつて実際よりも低い価格で取得したこととしている疑いがあるなど(同一八七丁、一九五丁、三一〇丁表ないし三一一丁表)、ほ脱金額の使途がすべて解明されているとは到底いえない状況にある。
弁護人主張の第二は、裏日報による売上除外額の推計や仕入タオルからの簿外仕入額の推計は、基礎となる物証が乏しいことから合理性がないということにある(弁論要旨、記録六四丁裏ないし六七丁裏)。なるほど物証に乏しいとの指摘はそのとおりといわねばならないが、被告人等は、日々の売上について表と裏の日報をつくり、裏日報はその都度破棄して犯跡を隠ぺいしていたのであるから物証が残つていないのはむしろ当然である(記録三五三丁裏ないし三五五丁表)。しかしながら、本件においては、物証からの推計額をもつて収入除外額を認定したのではなく、仮名預金入積額を中心としてこれを認定し、その除外額の合理性を確認するため物証からの推計計算を行つたのであつて(「物証による収入除外額の検討調査書」記録一四三丁ないし一七七丁)、裏日報からの推計金額と使用タオル数からの推計金額を比較対照すると、仮名預金入積額を中心とする除外額の方が低く(同一〇三丁、一四四丁、一五七丁の各一覧表金額を対比)、したがつて、少なくとも仮名預金入積額による認定金額をもつて除外額と認めることは、他の証拠関係に照らし合理的であつて、被告人もこの認定金額につき「私が常々考えていた数字とほぼ合うものであり、私としても売上除外額がその程度のものであることで納得できます。」(検察官に対する供述、記録三三一丁裏ないし三三二丁裏)と述べているのである。タオルの簿外仕入額については、一部現金仕入で領収書等が存在しないところから反面調査をなし得ず、したがつて、推計に頼らざるを得ない面があるが(記録二一八丁ないし二二二丁)、弁護人も認めているように、かなり多数の物証に基づいて推計を行つており(同六六丁裏)、その根拠及び計算過程において不合理な点は認められない。弁護人からもこれに代わる推計方法や金額は全く示されていないのである。
このように本件ほ脱金額については証拠上明白であつて、原判決が弁護人の主張を採用せず、公訴事実どおりの事実を認定したのは正当である。したがつて、本件については量刑の当否のみが問題となる。
第二 本件の量刑については、被告人の累犯前科との関係をとくに重視しなければならない。すなわち、被告人は、昭和四七年一二月二五日東京高等裁判所において業務上過失傷害、道路交通法違反により懲役六月に処せられ、昭和四八年一一月一五日右刑の執行を受け終つたものであつて(記録八五丁表、三九三丁、四〇七丁表ないし四二一丁裏)、該前科は本件公訴事実第二の犯行に対し累犯前科の関係にある。したがつて、本件についてはまず懲役刑を選択し実刑判決をもつて臨むのが量刑の基本的立場であるべきであつて、これを例外的に罰金刑をもつて処断するについては、きわめて明白、かつ、合理的な理由がなければならない。しかるに、本件については、そのような量刑理由は全くなく、原判決の量刑は明らかに失当であるというべきである。以下この点について詳論する。
一 本件ほ脱税額は、二期通算合計一七、七五四、〇〇〇円であつて、決して少額とはいえず、本件より寡額の事案についても、執行猶予が付せられているとはいえ、懲役刑に処せられている事例が多数存在する。
本件は、被告会社株式会社ユタカ商事の昭和四八年六月期と同四九年六月期の二期にわたるほ脱行為であつて、ほ脱税額は前者が八、二一三、六〇〇円、後者が九、五四〇、四〇〇円、合計一七、七五四、〇〇〇円であることは原審認定のとおりである。
右合計一七、七五四、〇〇〇円という金額は、現在の平均的俸給生活者が一生働いて最後にようやく手にし得る退職金の額にも匹敵するものであつて、これを少額であると軽々に断ずることは、厳に慎しむべきである。弁護人は、本件ほ脱金額をもつて「起訴基準のボーダーラインではないかと思われる。」(記録七一丁表)と述べているが、いわれなき推測である。
東京高等裁判所管内各地方裁判所において、昭和四八年七月から同五一年六月までの三年間に言い渡しのあつた法人税法違反被告事件合計九三件におけるほ脱税額等を調査すると、本件より少額のほ脱事案は合計二〇件あり(別紙一、番号2.11.12.13.15.20.別紙二、番号1.3.7.8.10.13.15.17.19.25.29.32.35.39.、なお、別紙一、二に掲げる判決については、その判決謄本をのちに申請する予定である。)、全体の二割強にあたり、これら事案の行為者はすべて懲役刑の言い渡しを受けているのである。弁護人の右推測は、明らかに失当といわなければならない。
二 被告人は、少なくとも三期連続して同種ほ脱行為を敢行していたもので、継続的、計画的犯行といわねばならず、本件行為は連続して行われたほ脱行為の一環に過ぎない。
被告会社株式会社ユタカ商事は、昭和四二年八月一〇日に設立された資本金二〇〇万円の会社であり(記録九九丁裏ないし一〇〇丁裏)、代表取締役は内妻の松田幸子であるが(同九八丁裏、三四三丁裏ないし三四四丁表)、実際の経営者は被告人であることに争いはない(同三二七丁裏、三七三丁表、裏)。
被告人が右会社設立後、いつからほ脱行為を開始したものであるかについては、必ずしも明らかではないが、少なくとも昭和四六年当時から行つていたことは、日興信用金庫動坂支店に仮名預金を設定して収入除外額を入積し始めた時期(記録一〇三丁、一〇六丁、一〇七丁)、タオルの簿外仕入について調査上認定しうる時期(同二一八丁ないし二一九丁)、被告人が個人名義で取得した土地、建物等につき、収入除外金をもつてあてた部分ありとして税務会計上会社からの貸付金勘定と認定された最初の時期(同一七九丁ないし一八一丁)がいずれも昭和四六年であること、そのころから収入除外を行つていたことを推認させる松田幸子の供述(同三五三丁表ないし三五六丁裏)及び被告人の供述(同二九三丁裏ないし二九五丁表、三二〇丁表、裏)等によつて明らかであり、被告人も昭和四七年六月期の申告税額については一〇、二四四、四〇〇円の脱漏があつたことを認めて修正申告を行つている(同四二九丁表ないし四三〇丁裏)。
このように被告人は、本件起訴対象期以前の昭和四七年六月期から三期連続してほ脱行為を継続してきたものであつて、本件はその一環に過ぎず、きわめて悪質であるといわざるを得ない。
三 本件犯行の手段は、あらかじめ公表分と簿外分の日計表を作成し、簿外分の日計表(裏日報)はその都度破棄してその分の収入を除外したうえ、日興信用金庫動坂支店に設定した一二口の仮名普通預金に分散入金するなど、巧妙な手段を用いて所得を隠ぺいしていたものである。
被告人は、草加店の責任者に内妻の松田幸子、千葉店の責任者に実子の金東洙、川崎店の責任者に右内妻の実姉松田久子をそれぞれあてて、事業所の中枢をいわば身内の者で固め、日々の入浴料収入については大体午前零時を境としてそれ以前の収入は表の日計表に、それ以後の収入は裏の日計表にそれぞれ記入させ、表の分は経理係に回して記帳処理させるが、裏の分はその都度破棄して日興信用金庫動坂支店の自己の仮名預金である「浅川幸男」以下一二口の普通預金に入積していたものである(松田幸子の供述、記録三四六丁裏ないし三四七丁、三四八丁裏、三五三丁裏ないし三五五丁裏、三六五丁表、三七八丁表ないし三八二丁裏、金東洙の供述、同二六八丁裏ないし二六九丁裏、松田久子の供述、同二五四丁表ないし二五五丁裏、二五六丁裏ないし二五七丁裏、被告人の供述、同二九三丁表ないし二九五丁表、三二一丁表裏、三三〇丁表裏、三三三丁表裏、「トルコ収入除外額調査書」同一〇一丁ないし一二二丁)。
タオルの簿外仕入については、仕入先の株式会社白興からの日日の納品中一〇セツト位を簿外で仕入れることにしてその分は現金で支払い、また架空の「むらさき」名義で仕入れるなどして真実の仕入金額を隠ぺいしていたものである(松田幸子の供述、記録三五七丁裏ないし三五八丁裏、三六一丁裏ないし三六三丁表、三六九丁表ないし三七一丁表、三八二丁裏、「消耗品調査書」二二〇丁)。
このように、収入除外についても簿外仕入についても巧妙な隠ぺい手段をろうして実際の所得を秘匿していたのであつて、犯行の手段方法は悪質であるといわざるを得ない。しかるに原判決は「そのほ脱手段は現金売上の一部を簿外としあるいはタオルの架空仕入を計上するもので、特に悪質巧妙というほどのものではなく」(判決書、記録八六丁表)と説示しているが、本件のほ脱手段を「現金売上の一部除外」「タオルの架空仕入」という抽象的な犯行態様にまとめて具体的な犯行状況を捨象し、これをもつて特に悪質巧妙ではないとする認定は、いかにも外面的皮相的であつて、物事の本質を看過するものと評すべきである。
四 本件収入除外額は、いつたん日興信用金庫動坂支店の前記仮名預金に入積されたのち、被告人によつて引き出され、被告人名義の土地、建物、株式等購入資金や韓国旅行費用等個人的支払にあてられており、本件が利己的動機から出発したものであることはめいりようであつて、犯行の動機、原因において酌量すべき点は全くない。
被告人は、昭和四六年六月以降に自己名義で次のような資産を取得している。
1 千葉市栄町一二二-一
宅地一六四・四六平方メートル 二三、九〇〇、〇〇〇円
同地上建物 五二、〇〇〇、〇〇〇円
2 東京都文京区千駄木三-六三五-一〇五
宅地一八一・八一平方メートル 二六、〇五〇、〇〇〇円
3 同区千駄木一-五〇-六三
宅地 五六・三五平方メートル 三、九三五、四〇〇円
同地上本社ビル 一〇、二五〇、〇〇〇円
4 同都豊島区巣鴨五-八-一〇
宅地 五六・七六平方メートル 五、〇〇〇、〇〇〇円
同地上建物 五、二五〇、〇〇〇円
その他ソニーの株式を取得したり、韓国旅行など個人的費用のため多額の支出をしている(「個人勘定(貸付金)調査書」、記録一八〇丁、一八五丁、一八六丁、一九四丁、一九八丁、二〇一丁)。
これらの支出と被告人が会社から得る報酬、個人的な家賃、配当、利息等の収入について各事業年度別に収支計算をすると、次のような支出超過額が認められる。
四七年六月期 一一、九七九、三七八円
四八年六月期 六、八三三、七九五円
四九年六月期 三〇、八六三、三六三円
(記録一七八丁ないし一八〇丁)
すなわち、右の支出超過分は本件収入除外分をもつてあてられているのであつて、そのこと自体については弁護人も争つていないのである(弁護人の主張は右の超過分をもつて収入除外分と認めよということであり、それが誤りであることについては前記第一参照)。
このように本件収入除外分の多くは、被告人名義の個人資産取得のための支払にあてられているのであつて、結局、本件犯行の動機は個人財産の蓄積にあつたと認められ、動機において憫諒すべき点はなにもないといわざるを得ない。
五 被告人は、前科三〇犯を有し、その内二回も実刑判決を受けていて、累犯前科となるべき前科もあるのに本件を敢行したものであつて、きわめて遵法の精神に乏しいというべきである。
被告人の前科は、道路文通法違反二一犯、同法違反及び業務上過失傷害二犯、暴行二犯、外為法違反一犯、同法違反及び関税法違反等二犯、関税法違反及び物品税法違反二犯、合計三〇犯である(前科調書、記録三九一丁ないし四〇六丁)。
このうち実刑判決が二回あり、第一回は昭和四三年三月一九日上告棄却の決定により同月二六日確定した外国為替及び外国貿易管理法違反、関税法違反、物品税法違反被告事件であつて、懲役六月に処せられ、宇都宮刑務所に服役し、同年一〇月一四日に刑終了した(記録四〇六丁)。この事案は、駐留米軍人の自家用に供すべき物品(ゴルフクラブ等)を横流しした件と米軍票五三〇ドルを所持していた事件である(補充立証として判決謄本申請予定)。
第二回は、昭和四八年四月四月一八日上告棄却の決定により同月二七日確定した業務上過失傷害、道路文通法違反被告事件であつて、懲役六月に処せられ、中野刑務所(のち府中刑務所)に服役し、同年一一月一五日に刑終了した(記録三九三丁、四二一丁表裏)。この事案は、酒に酔つて普通乗用自動車を運転し、追突事故を起こして相手方に二か月半の傷害を負わせた事件である(同四〇七丁表ないし四〇八丁表)。
右第二回目の犯罪日時は、昭和四六年七月一五日であつて、右第一回目の刑終了後三年以内に再び犯罪を犯したことになり、もとより累犯の関係に立つ(記録四〇八丁裏)。
本件公訴事実第一の犯罪日時たる虚偽の法人税確定申告書提出の日時は、昭和四八年八月三一日であつて、被告人自身は右第二回目の実刑判決によつて服役中であり、あらかじめの共謀に基づいて共犯者松田幸子が実行行為を行つたものである。
同第二の犯罪日時は、昭和四九年八月二九日であつて、右第二回目の刑終了後一年以内に重ねて犯罪を犯したことになる。
このような前科の犯数や内容、とくに累犯前科の存在等によつて明らかなとおり、被告人は遵法精神にきわめて乏しいといわざるを得ない。
しかるに原判決は、本件につき累犯前科となる前記第二回目の実刑判決の内容が酒酔い運転中の追突事故であるとし「被告人は右実刑の執行による反省を事業経営に十分関連させて考えていなかつたふしもうかがえ、文通事犯と法人税というまつたく異質な事実であつてみれば、右態度もただちに強い非難を加えることもできない。」(判決書、記録八七丁表)とし、右前科を本件の量刑に強く反映させるべきではない、としているのである(同丁)。
しかしながら、法が刑の執行を終つた日から五年内に更に罪を犯した場合を再犯として刑罰を加重し、あるいは執行猶予の恩典に浴せしめないこととしているのは、刑罰の一般予防及び特別予防の効果を重視しているためであつて、その場合の再犯とは当該前科の内容たる犯罪と同種の犯罪であると異種の犯罪であるとを問わないのであり、前記第一回目の実刑判決の内容たる犯罪事実(関税法違反等)に対して第二回目の実刑判決の内容たる犯罪事実(業務上過失傷害等)が全く異質のものであつても、これを累犯前科として懲役刑の実刑判決を言い渡した裁判所の態度こそ、右の法意に沿う正当な判断であるというべきである。原判決が、文通事犯と法人税法違反とは全く異質な事実であるから、被告人が前刑の執行による反省を生かさなかつたとしても強い非難を加えることができない旨判示していることは、右の法意を無視した独断的見解であるといわざるを得ない。
被告人は、関税法違反、物品税法違反を含む税法違反等の犯罪により第一回目の実刑判決を受け、第二回目はこれを累犯前科として業務上過失傷害等の犯罪により実刑判決を受けて服役しているのであつて、本件犯行をなすにつきこれら受刑の事実が抑止力として作用しなかつたはずはないのである。原判決が「被告人は右実刑の執行による反省を事業経営に十分関連させて考えていなかつたふしもうかがえる」(前記同丁)としている趣旨はやや不明であるが、前刑が文通事犯によるものであるからその反省が直ちに法人税法違反の抑止力とはならない旨の説示であるとすれば、事案の本質をどう察していないとのそしりを免れず、明らかに失当であるといわなければならない。
以上、被告人に対して懲役刑を選択せず罰金刑をもつて処断すべき合理的な理由があるか否かを中心に検討を加えたが、そのような理由は全く存在せず、かえつて被告人に対し懲役刑の実刑をもつて処断しなければ、累犯前科を規定した法の精神にも反する結果となることが明らかであると信ずる。
第三 本件の量刑は、他の同種事案のほとんどすべてに懲役刑が選択されている事実に照らしても軽きに過ぎ、他の裁判例と均衡を失し、著しく不当である。
東京地方裁判所及び同裁判所を除く東京高等裁判所管内地方裁判所において、昭和四八年七月から同五一年六月までの三年間に言い渡しのあつた法人税法違反被告事件の事案の概要、求刑及び量刑は別紙一、二の一覧表記載のとおりである(各判決謄本をのちに申請の予定である。)。
右別紙一、二の各一覧表によると、合計九三件の判決中、行為者に対して懲役刑の求刑をしたのに対し罰金刑の言い渡しをなした事案は一件(別紙一、番号4)しかなく、あとはいずれも執行猶予付ながら懲役刑の言い渡しがなされているのである。
右罰金刑を選択した事案の詳細は不明であるが、量刑事情として「本件脱税は一事業年度のみに関するものであつて、その前後において被告人が脱税を図つた形跡はないこと。」などが掲げられているので、懲役刑を選択すると前科との関係で実刑を科せざるを得ないという点では本件と同様の事案のようであるが、その他の情状において本件とはかなり異なる点があるものと思料される(もつともこの量刑を正当として是認するものではない。)。
すでに指摘したように、ほ脱税額が本件より少額な事案がこの一覧表中二〇件あり、その比率は全体の約二割強にあたる(前記第二、一)ほか、ほ脱事業年度が一事業年度のみの事案が合計二三件あり(別紙一、番号2.4.9.11.19.20.30.34.37.40.47.、別紙二、番号2.7.15.16.17.20.25.28.32.34.41.42.)、その比率は全体の約二割五分弱にあたる。
このように本件より軽微な事案についてさえ懲役刑が選択されているのに、それよりも悪質な事案で、しかも累犯前科がある被告人に対し罰金刑をもつて処断することは、軽いものに対して重く、重いものに対して軽い科刑をなすという結果となり、著しく刑罰の均衡を失し正義に反するといわなければならず、原判決が本件量刑によつても「他の同種事案との実質的均衡は十分保たれる」とする見解(判決書、記録八七丁表裏)には、到底左祖し得ない。
いうまでもなく納税義務は国民の普遍的義務であり(憲法第三〇条)、納税倫理の確立ということも叫ばれて久しい。しかし、税負担の公平が実質的に保障されず、悪質巧妙な手段をろうして税を免れる者が多いかぎり、納税倫理の確立は画餅に等しく、国民の間に正義として定着するわけがない。ほ脱犯による被害者は国家、したがつて国民であり、ほ脱犯は国民全体の不利益において自己の私利私益を追求するという利欲犯の性格を有し、その犯罪の構造は詐欺罪にも比すべきものである。
したがつて、この種事案に対する量刑は一般予防を重視するものでなくてはならない。原判決は、「ほ脱犯における個人の責任については懲役刑の選択がなされるのが通常である」としながら、「わが国の現時点では、特に悪質な事案でないかぎり、ほ脱額を納付して三割の重加算税を納付したような場合には執行猶予が付されるのが通例である。」との趣旨の説示をしているが(判決書、記録八六丁裏)、これを強調すると、本件のように累犯前科があつて執行猶予を付し得ない場合には、一般的、原則的に罰金刑を選択するという量刑態度をもつて臨むことになり、かくてはこの種税法事件は執行猶予か罰金かというのが一般の意識として定着してしまうことにもなりかねない。その影響の恐るべきことは敢えて多言を要しないところである。原判決は、現実に埋没して当為を見失い、刑事裁判(ことにこの種の事件に対する裁判)が国民意識の覚せいに対し先導的役割を担つていることを忘却したものといわざるを得ない。
以上の理由により、被告人に対して懲役刑の選択をなさず、敢えて罰金刑を選択して罰金三〇〇万円に処した原判決は、その量刑が著しく軽きに失し不当であるというほかはない。よつて原判決を破棄して更に適正な裁判を求めるため、本控訴に及んだ次第である
法違反事件判決・求刑対照表
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別紙一
東京地方裁判所における法人税
昭和48年7月~同51年6月
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における法人税法違反事件判決・求刑対照表
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別紙二
東京高等裁判所管内地方裁判所(除東京地裁)
昭和48年7月~同51年6月
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